OT02 呼吸器の中毒症
- 肺の病気
病態と定義
呼吸器は特殊な構造と機能をもつため、吸入だけでなく、経口や経皮からの摂取経路で暴露された毒物が血管内に侵入することでも毒性物質による障害に高い感受性を示す1。肺胞の総表面積は1m2/kgであり、外界に曝露される臓器としては最大の内臓器であり、呼吸気道上皮(血液−ガス関門として、肺胞上皮と毛細血管内皮)は大気中に存在する毒性物質と直接接触するため、吸収を起こしやすい構造になっている2。直接吸入によって体内に入った気体は呼気によって排泄されるが、吸入以外の経路から摂取された物質でも体内代謝によって揮発性の物質に変化すれば肺から排泄され、この過程で肺組織を障害することがある2。正常な呼吸における換気量は全肺気量の20分の1程度と非常に少ないので、毒性物質が混入した空気が数回の呼吸で下気道まで達することはないが、毒性の高い物質の場合は微量の吸入でも致死的になることもある3。肺は肺動脈を介し全心拍出量が流入し、1分間で体循環血液量の5倍の血液量を受けることになるため、肺以外の経路から全身循環に取り込まれた毒性物質も速やかに肺で高濃度に分布することになり、一方で、環境中から肺を介し吸入された毒性物質も即座に全身を循環することになり、呼吸器の局所作用のみでなく全身性に作用を及ぼす1。
化学物質による呼吸器障害としては、経時的な変化も含め、多種の病態を示す。
1 気道刺激
気道粘膜上皮を直接刺激する化学物質としてはアンモニアが知られている。刺激によって気管支が収縮し、呼吸困難を引き起こし、水腫や感染症を引き起こす。慢性曝露によって慢性気管支炎に進行する。
2 粘膜上皮壊死
オゾン(フロンガスに含有)や二酸化窒素(排気ガス)などの刺激性気体が粘膜上皮を刺激し、さらに壊死まで進行させ、粘膜の透過性が亢進し肺水腫になる。
3 肺水腫
肺胞周囲に分布する毛細血管から漿液が滲出し、肺胞内および間質に貯留した状態を指し、ガス交換阻害による呼吸困難を呈する。アロキサン(薬剤)、ホスゲン(フロンガスから発生)、アンモニア、オゾンなどの化学物質の吸入による呼吸器系細胞の障害に起因する。
4 肺気腫
肺胞壁または気管支の拡張や破壊により、終末細気管支より末梢の容積が異常に増加した状態である。肺組織の炎症性破壊により肺胞が異常に膨張するが、線維化を伴わないことが多い。喫煙で誘発されるが、詳細な発症機序は不明である。
5 肺線維症
肺間質が線維化し、肺の換気能は著しく低下する。肺胸膜表面が線維化すると強い痛みを伴う。膠原病などの自己免疫疾患、ブレオマイシンなどの薬物副作用、肺炎の慢性経過、特発性などがある。
特発性間質性肺炎と類似の臨床所見を示す疾患にアスベスト(石綿)の吸入により、数十年かけて発症する、石綿症(アスベスト肺)がある。
6 肺癌
ビスクロルメチルエーテル(断熱材に含まれる)、塩化ビニル、コバルト(染料)、アスベスト、タバコなどの吸入が肺癌の発生原因になる可能性がある。
7 喘息
アレルギー反応などを発端に起こる慢性の気管支炎であり、気道の過敏性亢進や可逆性の気道狭窄を起こし、発作的な喘鳴、咳嗽、呼吸困難を呈する。
発症因子は、遺伝的素因、抗原、増悪因子(気道炎症や急性気道収縮の誘発)である。細菌、真菌胞子、花粉、ハウスダスト、ダニなどが抗原となることが多いが、化学物質もアレルゲンとなりうる2。